「退去のとき、壁の画鋲の穴を埋める費用を請求されました」
「クリーニング代と壁紙の修繕で20万円と言われたんですが、これって払わないといけないんですか?」
こういう相談、けっこうあります。
結論から言うと、払わなくていいケースが多いです。
少なくとも「言われた金額をそのまま払う必要はない」ということは、かなり頻繁にあります。
なぜそういうことが起きるかというと、「原状回復って全部借主が払うもの」と思っている人が多いからです。
管理会社・大家側もそれを知っていて(あるいは知らずに)、本来請求できない費用を請求してくることがある。
今回は、国土交通省のガイドラインを踏まえながら「払わなくていいケース」「払わないといけないケース」「やってはいけないこと」を整理します。
「原状回復」の本当の意味
「原状回復」というと「借りたときの状態に戻す=全部新品に戻す」と思っている方が多いですが、それは間違いです。
原状回復の対象は、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、または通常の使用を超える使用による損耗・毀損に限られます。
一方、建物の自然な劣化(経年変化)や通常の使用による損耗は、賃貸人が負担する費用です。
簡単に言うと
借主が払う必要があるもの:自分のミスや不注意でつけた傷・汚れ
借主が払わなくていいもの:普通に生活していたらついてしまう傷・汚れ・経年劣化
なぜなら、これらの回復費用は、私たちが毎月支払う賃料にすでに含まれていると考えられているからです。
これが国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の基本的な考え方です。
このガイドラインは法律ではありませんが、裁判所も参考にするほど一般的な判断基準として定着しています。
2024年に再改定されて、内容がアップデートされています。

画鋲の穴は「払わなくていい」が原則
「壁に画鋲の穴がたくさんあるから修繕費を払ってください」と言われた方、これは本来払わなくていい可能性が高いです。
賃貸物件でポスターやカレンダーを掲示するために使用した画鋲やピンによる小さな穴は、国土交通省の原状回復ガイドラインにおいて通常損耗として明確に位置付けられており、原則として貸主負担です。
これは、賃貸住宅での一般的な生活行為として認められているためで、このような軽微な穴は毎月支払う賃料に含まれる通常損耗の範囲内とされています。
具体的には、壁に時計を掛けるための画鋲の穴や、カレンダー掲示用のピンの穴などが該当します。
「画鋲の穴くらい大したことない」という話ではなくて、「国のガイドラインで明確に貸主負担と書いてある」という話です。
これは交渉の根拠として使えます。
ただし例外があります。
注意すべき点として、釘やネジによる大きな穴や、下地ボードの張替えが必要になるような損傷については借主負担となる場合があるので注意しましょう。
画鋲・押しピン程度の穴 → 貸主負担(払わなくていい) 釘・ネジで開けた大きな穴 → 借主負担(払う必要あり)
ここの線引きをまず確認してください。
壁紙(クロス)の耐用年数という考え方
「壁紙に傷がついたから全部張り替えてください、費用は○○万円です」と言われた場合も、そのまま払う必要はないことがほとんどです。
クロスの耐用年数は「6年」と明確に定められており、経年劣化や通常損耗については賃借人が負担する必要はありません。
設備や内装の「耐用年数」を超えていれば、原状回復費用は請求できません。
たとえば壁紙の耐用年数は6年なので、それを超えている場合、借主の負担は原則1円とされています。
ただし、明らかな過失がある場合は例外です。
つまり、入居して6年以上経過した後に退去する場合、壁紙についてはたとえ傷があったとしても原則として借主の負担額はゼロになります。
「6年住んだから壁紙は払わなくていい」
これは知っておくべき知識です。
ただし「タバコのヤニで壁紙が全体的に黄ばんでいる」「子どもが落書きした」など明らかな過失がある場合は別の話になります。

「借主が払う必要がある」損耗の具体例
反対に、これは払う必要があるというケースも整理します。
払う必要があるもの(借主負担)
- タバコのヤニ・臭い付着(喫煙可能物件でも程度による)
- 子どもの落書き・シール跡(落とせない状態)
- 結露を放置して発生させたカビ・シミ
- ペット飼育による傷・臭い(ペット不可物件はもちろん、可物件でも程度による)
- 釘・ネジで開けた大きな穴
- 家具転倒防止器具を壁に固定した穴
- 故意または重大な不注意による床・壁の傷
- フローリングをキャスター付き椅子で使い続けてできた深い傷
払わなくていいもの(貸主負担)
- 日光による壁・床の日焼け
- 家具を置いていたことによる床のへこみ(軽微なもの)
- 通常の清掃で取れる汚れ
- 画鋲・押しピンの穴
- 壁紙の自然な劣化・変色(6年以上経過後)
- 電気器具のコードが触れてできた壁の黒ずみ(軽微なもの)
日光による日焼けや、家具を置いていたことによるわずかな凹みは「通常損耗」にあたり、費用は貸主の負担です。
その一方で、タバコのヤニ汚れ、子供の落書き、意図的に開けた穴といった損傷は、借主の責任範囲と判断されます。

「自分で直そうとする」のが一番危ない
ここからが重要な話です。
「退去前に画鋲の穴を自分で埋めよう」
「壁の傷を補修材で隠そう」
これをやると、逆に請求額が増えることがあります。
理由は2つです。
① 素人の補修が「より大きな損傷」に見える
壁紙の穴を市販の補修剤で埋めた場合、色が合わなかったり・周囲に余分な汚れが付いたりして、「元のまま」より状態が悪くなることがあります。
「穴は埋まったが、補修の跡が目立つ」という状態は、管理会社側から見ると「追加の工事が必要」という判断になりやすい。
② 補修した事実が「損傷を認めた証拠」になる
本来は「貸主負担の通常損耗」だったはずの傷を自分で補修すると、「借主自身が問題があると認識して補修した」という解釈をされることがあります。
「本来払わなくていいのに払った」という状況になる前に、補修しない方がいいケースが多い。
画鋲の穴は「触るな・そのまま退去」が正解です。

退去のときに「言われた金額を払わなくていい」場合の対処法
「修繕費○○万円と言われた」という状況での動き方を整理します。
STEP 1:内訳を請求する
「修繕費の内訳を書面で出してください」と言います。
どの部分がいくらなのか、なぜその費用が借主負担なのかを説明してもらいます。
内訳を出せない・出そうとしない業者は、そもそも根拠が曖昧な可能性があります。
STEP 2:「国土交通省のガイドライン」に照らし合わせる
内訳が出たら、「これはガイドライン上、借主負担になりますか?」と確認します。
画鋲の穴・通常の生活による汚れ・6年以上経過した壁紙、これらは「ガイドラインでは貸主負担です」と伝えることができます。
「ガイドライン」という言葉を出すだけで、交渉の雰囲気が変わることがあります。
相手側も「知っている人だ」と認識して、無茶な請求を引っ込めることがある。
STEP 3:入居時の状態確認書類を出す
入居時に「入居時チェックシート」を作成していた場合、それを証拠として出せます。
「入居前からこの傷があった」という事実を証明できます。
入居時に写真を撮っておくことが重要で、それがない場合は交渉が難しくなることがあります(入居前から傷があったことを証明できない)。
STEP 4:合意できない場合の選択肢
どうしても話がまとまらない場合
- 各都道府県の「宅地建物取引業協会」の相談窓口
- 国民生活センター・消費生活センターへの相談
- 法テラス(法律の相談が無料でできる)への相談
- 少額訴訟(60万円以下の請求なら比較的簡単に起こせる)
「払わない」と言い続けることに精神的なプレッシャーを感じる方も多いですが、根拠のない請求に応じる必要はありません。
専門機関に相談することで、「払わなくていい」という回答をもらえるケースがあります。
入居中にやっておくべきこと
退去のトラブルを防ぐために、入居している間にやっておくべきことがあります。
入居時:写真を撮って記録する(重要)
入居した日に、部屋全体・壁・床・天井・設備の傷や汚れを写真に撮っておきます。
「入居前からあった傷」の証拠になります。
できれば日付が入るようにスマートフォンで撮影する(写真データには撮影日時の情報が入っています)。
「入居時チェックシート」を管理会社に提出している場合は、コピーを保管しておきます。
入居中:気になる損傷は早めに管理会社に報告する
自分でつけた傷でなく、経年劣化や設備の不具合による損傷は、気づいた段階で管理会社に報告しておきます。
「退去まで放置していた」と見なされると、「善管注意義務違反」として借主負担になるケースがあります。
水漏れ・結露・設備の故障は特に早めの報告が重要です。
退去時:立会いに必ず出席する
退去時の立会い(チェック)には必ず出席してください。
「立会いなしで確認します」という管理会社の提案は断った方がいい。
立会いがない状態でチェックされると、後から「○○の傷がありました」と言われても確認できません。
立会い時に「これは通常損耗ではないですか?」という議論ができるのは、その場しかありません。
「特約」には注意が必要
契約書に「退去時のクリーニング費用は借主負担」「壁紙の張り替えは借主負担」という特約が書かれている場合があります。
契約書に特約として明記されており、入居者に事前に説明されていれば、借主負担とすることが可能です。
ただし、説明がなく、借主の同意が曖昧な場合は、特約が無効と判断されるケースもあるため注意が必要です。
「特約があるから払わないといけない」という場合も、その特約が有効かどうかは別の話です。
「入居時に十分な説明を受けたか」「同意した記憶があるか」を確認してみてください。
ただし「クリーニング費用(ハウスクリーニング)」については、特約がある場合は借主負担が認められやすい傾向があります。
これはある程度「仕方ない」費用として認識されています。
まとめというか
退去時の原状回復で覚えておいてほしいことを整理します。
画鋲の穴は貸主負担が原則です。
通常の生活でついた傷・汚れも、基本的に貸主負担です。
壁紙は6年以上経過していれば、借主の負担額はゼロが原則です。
「修繕費を払え」と言われたら、まず内訳を請求します。
国土交通省のガイドラインという根拠があることを伝えます。
退去前に自分で傷を補修しようとするのは逆効果になることがあります。
画鋲の穴はそのまま退去する方が安全です。
入居時の写真記録が最大の武器になります。
これをやっているかどうかで、退去時の交渉力が全然変わります。
払わなくていいものを払うのは損です。
「言われたから払った」で終わりにしないでください。
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